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大阪地方裁判所 昭和57年(ワ)4829号 判決

原告 中世古伶

〈ほか四名〉

右原告ら訴訟代理人弁護士 中谷茂

右同 山崎容敬

被告 丸文旅館こと 奥田文也

右訴訟代理人弁護士 真砂泰三

主文

一  被告は原告中世古伶に対し、金二四三万八〇四九円及び内金二二三万八〇四九円に対する昭和五七年二月二一日から右支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は原告中世古長基、同中世古恵美子、同中世古豊、同中世古親志に対し、各金七七万九五一二円及び各内金七〇万九五一二円に対する昭和五七年二月二一日から右支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを七分し、その一を被告の、その余を原告らの負担とする。

五  この判決の第一、二項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の申立

一  請求の趣旨

1  被告は原告中世古伶に対し、金一五〇〇万円及び内金一四八〇万円に対する昭和五七年二月二一日から右支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は原告中世古長基、同中世古恵美子、同中世古豊、同中世古親志に対し、それぞれ金五〇〇万円及び内金四八〇万円に対する昭和五七年二月二一日から右支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  1、2につき仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故の発生

(一) 発生日時 昭和五七年二月二一日午後八時五〇分ころ

(二) 発生地 三重県鳥羽市国崎町四三四 被告方丸文旅館敷地に接した側溝内

(三) 被害者 亡中世古登

(四) 態様 中世古登は、被告の経営する「丸文旅館」に昭和五七年二月二一日宿泊し、同日午後八時五〇分ころ右丸文旅館の敷地と道路との間に接して存する幅約二・五メートル、深さ約四メートルの溝に丸文旅館敷地側より転落し、頭部打撲挫創陥没骨折、頭蓋骨内出血、頸椎骨折により右事故発生地において即死した。

2  被告の責任

(一) 宿泊契約による安全配慮義務違反

被告は、その住所地において「丸文旅館」の名称で旅館業を営んでいるところ、前記日時、亡中世古登らと宿泊契約を結んだ。この場合、被告はその有する宿泊施設及びその敷地について宿泊客たる登の生命身体の安全を配慮すべき義務がある。すなわち、右旅館建物の敷地と道路との間に前記側溝が存在し、右敷地は宿泊客の送迎車が駐車し、右客が乗降する等、人が集まり通行する場所である。そして右側溝内の両側壁面及び底面はすべてコンクリートで舗装されているから、人が転落したときは当然死傷する危険性が高い。このような場合、被告には

(1) 本件側溝と旅館敷地の接する部分には柵又は溝蓋を設置して、側溝のそばを通る宿泊客が側溝に転落することを防止し

(2) 立て札及び夜間の照明設備を側溝付近に設けるなどして本件側溝が危険であることを宿泊客に熟知させてその身体の安全をはかる

各契約上の義務があるところ、被告は右義務を怠った。

(二) 土地工作物設置管理の瑕疵

被告は、旅館建物とその敷地を所有しているところ、右敷地に接して前記のとおり人の転落死する危険の強い側溝がある場合、右敷地と側溝とが接する境界に前記の如く転落防止のための土地工作物たる柵又は溝蓋を設置すべきであるにも拘らず、右防止設備を欠いていたものであるから、被告所有地の土地工作物設置管理につき瑕疵があった。

3  原告らとの関係

原告中世古伶は登の妻、その余の原告らは登の子でその相続人である。原告らの相続分は次のとおりである。

(一) 原告伶 八分の四

(二) その余の原告ら 各八分の一

4  原告らの損害

(一) 登の逸失利益

(1) 愛知陸運株式会社勤務、昭和五六年度年収金四〇七万三三七五円

(2) 生活費 年収の三〇% 金一二二万二〇一二円

(3) 純収入 金二八五万一三六三円

(4) 年令 五〇才

(5) 稼働年令 五〇才―六七才まで一七年間

(6) ホフマン係数 一二・〇七七

(7) 逸失利益 三四四三万五九一〇円

(二) 逸失利益の相続

(1) 原告伶 一七二一万七九五五円

(2) その余の原告ら 各四三〇万四四八八円

(三) 死亡慰藉料 原告ら各三〇〇万円

(四) 葬儀費用 原告伶につき金一〇〇万円

(五) 弁護士費用 原告ら各二〇万円

(六) 原告らの損害合計額

(1) 原告伶 二一四一万七九五五円

(2) その余の原告ら 各七五〇万四四八八円

5  よって、被告に対し

(一) 原告伶は、損害金二一四一万七九五五円のうち一五〇〇万円及び右金員から4の(五)の金員を控除した金一四八〇万円に対する本件事故発生の日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金

(二) その余の原告らは、各損害金七五〇万四四八八円のうち各金五〇〇万円及び右金員から4の(五)の金員を控除した金四八〇万円に対する本件事故発生の日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金

の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の(一)ないし(三)の各事実、同(四)のうち、登の死亡の事実は認めるが、丸文旅館に宿泊した事実は否認する。その余の事実は知らない。

2  同2の(一)のうち、被告がその主張の如く旅館業を営んでいること、登らと宿泊契約を結んだことは認めるが、その余は争う。同2の(二)は争う。

3  同3の事実は知らない。

4  同4、5は争う。

三  被告の主張

1  登を含む一〇組の夫婦(二〇名)は、昭和五七年二月二一日夜、被告旅館で、日本酒二五本、ビール一五本、ウイスキー特級(七六〇mml)一本、ジュース三本と食事一式で宴会をした。

2  会食後、一行はマイクロバスで帰るため玄関前に駐車された同バスに一旦乗り込んだが、他の二名が事故現場の排水路の側溝で小用をしているのを見て、自分も小用をするといって一人でバスから降りて同バスから五~六メートル離れた現場の側溝の前に立ち小用をしている際、泥酔のため排水路に転落したものであり、登の過失によって発生した。

四  被告の主張に対する認否

被告主張1のうち、飲酒量は知らない、その余の事実は認める。同2のうち、登がマイクロバスに一旦乗り込んだ後、バスから降りて側溝付近へ小用を足しに行ったことは認めるが、その余の事実は否認する。登は誤って足を踏み外し側溝に転落した。

第三証拠《省略》

理由

一  本件事故の発生

1  請求原因1の(一)ないし(三)の各事実、(四)のうち、中世古登が死亡したことは当事者間に争いがない。

2  《証拠省略》によれば、昭和五七年二月二一日、中世古登は妻の原告伶と共に隣保の一年に一度の慰安旅行に組長として参加し、被告丸文旅館差し回しのマイクロバスに夫婦九組及び親子一組計二〇名が乗車し、同日午後二時ころ出発し、午後四時半ころ丸文旅館に着いたこと、そして参加者のほとんどが風呂に入った後、午後五時半ころから宴会が始まり、登もウイスキーの水割りを飲み、午後八時半ころ宴会が終ったこと、午後八時五〇分ころ、丸文旅館玄関前に前記マイクロバスが待機し、一行が次次にマイクロバスに乗り込み、登も一旦右バスに乗り込み座席に坐ったが、同行の男性二人が玄関を出るなり旅館前の敷地南側にある市道との間に接して存在する幅員二・五メートル、深さ約二・五メートルの排水溝に近づき、被告敷地側から右排水溝に向って小用を足しているのを見て、隣席の妻原告伶に小用に行く旨告げてバスから降り右二人と入れ代わり右排水溝の方向に歩いていったこと、そしてまもなく登は丸文旅館側の敷地から右排水溝内に転落し、頭部打撲挫創陥没骨折、頭蓋骨内出血、頸椎骨折により同所において即死したことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

二  被告の責任

1  《証拠省略》によれば、本件事故現場付近の状況、マイクロバスの位置は別紙のとおりであることが認められる。

2  《証拠省略》によれば、本件排水路自体は鳥羽市の所有であるが、右排水路北側の敷地は被告の所有であり、被告方から南側の市道に出るためには必ず右排水路を渡らなければならないこと、そのため被告は市に対し右排水路の占有許可申請をなし、右許可を得て本件事故現場付近の八・七メートル部分を残し、その余の左右の排水溝上をコンクリートで蓋をする工事をし、その上を出入口として使用していること、被告所有の敷地は被告旅館のため駐車場又は広場として使用されており、右地面には一部車道がコンクリート敷になっているほかは砕石が敷いてあり、排水溝の両側の擁壁はコンクリート製で被告敷地側は地面より約一五センチメートル高くなっていること、被告敷地側のコンクリート擁壁は被告が工事業者をして構築させたもので被告の所有であり、将来、同所にもコンクリート蓋をする予定で右擁壁上部から数十センチメートルの鉄筋数十本が上方斜に向って突き出していること、右無蓋の排水溝部分の市道に面した部分にはもともと市が設置した金網状の柵があったが、被告は前記工事業者をして前記の蓋をした際にこれを現在の如き鉄パイプの柵につけ替え、右排水溝上の両側にも右同様の鉄パイプの柵を設置したことがそれぞれ認められる。右認定事実によれば、右排水溝の敷地は市の所有であるが、少くとも被告側敷地に接続するコンクリート擁壁は被告の所有であり且つその管理にかかる土地工作物と認めるのが相当である。

3  しかるところ、右認定事実によれば、本件事故現場付近の約八・七メートルの部分について排水溝の蓋がなされなかったものであるが、前掲奥田証言によれば、右部分については当分その必要性はないと被告が判断したことに基づくことが認められる。そして右排水溝部分の市道側(南側)及び排水溝上の東西側には被告の指示と費用によって鉄パイプによって柵が設けられたのであるが、なぜか被告敷地側については前記の状態のまゝで放置されていたのである。もっとも右奥田証言によれば、被告は旅館業を営むが、本件事故現場付近は通路ではないし、普通は客らが近づかない場所であるからその必要を認めなかったというのである。

しかしながら、客の来集を目的とする旅館業等を営業とする者は、一般に客の安全を確保すべき基本的な注意義務がある上に、その客の中には幼児又は酔客もあり、これらの者が敢えて危険に近づく行動をするであろうことをも予想すべきであって、これに備えた万全の設備をなす特別の注意義務があるものというべきである。これを本件についてみれば、前記無蓋の排水溝部分には人が近寄る可能性があり、そして右排水溝の状況も被告敷地側から転落する危険性を有するものであるから、被告としては少くとも前記工事の際に市道側等と同様の鉄パイプの柵を設置すべき義務があり、又このことは被告にとって容易になし得たものというべきである。しかして被告において右パイプ柵を設置していたならば、仮に登が酔客であったとしても前記転落事故を防止できたであろう可能性が推認されるところ、被告は特段の理由もなくこれを不必要と考え設置しなかったものであるから、結局、被告は土地工作物の設置又は保存、管理上にその万全の安全性を欠く瑕疵があったものと認めざるを得ない。よって原告らのその余の主張について判断するまでもなく、被告は本件事故によって原告らに生じた損害を賠償する義務がある。

三  原告らの損害

1  登の逸失利益

(一)  《証拠省略》によれば、本件事故時、登は愛知陸運株式会社の営業部長の職にあり、昭和五六年度の年収は四〇七万三三七五円であったことが認められる。

(二)  《証拠省略》によれば、登は一家の唯一の働き手でその扶養親族は妻子五人の外、父寅勝八一才の計六名であったこと、登は死亡当時五〇才、原告長基は二〇才、同恵美子は一六才、同豊は一二才、同親志は七才であることが認められ、右認定事実によれば、登自身の生活費は右収入額の三分の一であると認めるのが相当である。

(三)  《証拠省略》によれば、登は健康な男子であったことが認められるから、六七才まで稼働できたことが推認される。

(四)  そうすると、登の逸失利益の事故時の現価は、次の算式により金三二七九万六〇九九円となる。

4073375円×2/3×12.077(ホフマン係数)=32796099円

2  過失相殺

《証拠省略》によれば、登らは前年度も同一隣保で慰安旅行を催し丸文旅館を利用していること、当日は夕食のほか、日本酒二五本、ビール一五本、ジュース三本、ウイスキーボトル一本が飲料として出されたこと、登はウイスキーのみを飲んでおり、同人の前付近に終始置かれていたボトルは宴会終了時に空になっていたこと、本件事故現場付近の状況は別紙図面のとおりであり、約一四メートル離れた地点に一〇〇ワットの水銀灯、約一二メートル離れた地点に四〇ワットの旅館の看板がある以外に間近に特別の照明設備はないが、右水銀灯の照明のほか、丸文旅館本館一ないし三階の照明があるので、本件事故時においても前記排水溝の状況を識別することができ、少くとも照明不足のため誤って足を踏みはずして転落する危険はなく、現に登と同行の二人はその直前に右溝で小用を済ませて無事にバスに戻っていること、事故現場は旅館前の広場の一部であるが通常は車を停めることはあるが、近寄ったり、通行することは少なく、旅館内には勿論小用の施設があるから、右場所で小用を足す客も少ないことがそれぞれ認められる。《証拠判断省略》

右認定事実によれば、登が本来小用を足すべき場所でないところで小用を足すという不相当な理由により敢えて危険な本件事故現場に近づいたこと、その際、飲酒のため相当程度に酩酊していたこと、そして右酩酊が原因となり身体の安全を失い前記の如く転落したことが推認されるのであり、右によれば、本件事故発生については右登の行為が主因となっており、その過失は極めて大であると認めざるを得ない。よって右登の過失を斟酌すると、前記逸失利益のうち、その一割に相当する三二七万六〇九九円を被告に負担させるのが公平上相当である。

3  逸失利益の相続

《証拠省略》によれば、請求原因3の事実を認めることができる。そうすると、登の前記逸失利益三二七万六〇九九円につき、原告伶は一六三万八〇四九円を、その余の原告らはそれぞれ四〇万九五一二円宛を相続により承継したものと認められる。

4  死亡慰藉料

《証拠省略》によれば、原告伶は現在保険のセールスをして残された子供らを養育していること、葬儀後、原告らが現場に供養のため赴いた際、被告らが原告らに対し弔意を表したが、現在まで金銭上の補償はなんらなされていないことが認められるほか、前記認定の諸事実を総合すると、本件死亡による慰藉料額は原告伶につき五〇万円、その余の原告らにつき各三〇万円と認めるのが相当である。

5  葬儀費用

《証拠省略》によれば、原告伶は登の葬儀費用として約一〇〇万円を要したことが認められるが、右費用のうち一〇万円を被告に負担させるのが相当である。

6  弁護士費用

前記認定の諸般の事実を総合すると、原告伶につき金二〇万円、その余の原告らにつき各金七万円をもって弁護士費用相当の損害と認めるのが相当である。

7  原告らの損害合計額

(一)  原告伶 二四三万八〇四九円

(二)  その余の原告ら 各七七万九五一二円

四  結語

してみれば、原告らの本訴請求は、被告に対し、

(一)  原告伶につき、損害金二四三万八〇四九円及び右金員から弁護士費用相当分二〇万円を控除した二二三万八〇四九円に対する本件事故発生の日である昭和五七年二月二一日から右支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金

(二)  その余の原告らにつき、損害金として各七七万九五一二円及び右金員から弁護士費用相当分各七万円を控除した七〇万九五一二円に対する本件事故発生の日である昭和五七年二月二一日から右支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金

の支払を求める限度で理由があるから右限度でこれを認容し、その余は理由がないから失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 久末洋三)

〈以下省略〉

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